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    "name":"蓮池門旧址",
    "kana":"れんちもんきゅうし",
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    "photo":"./point/01.jpg",
    "body":"兼六園の正門。古い図によると、石段を登った右にやや大きな番所があり、三十人頭と呼ばれる役人が守っていました。現在は、「特別名勝兼六園」の石標が建っています。また、当時この門には、石川県伝統産業工芸館に保存されている、松平定信筆の「兼六園」の額が掲げられていました。"
  },
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    "no":2,
    "name":"夕顔亭",
    "kana":"ゆうがおてい",
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    "photo":"./point/02.jpg",
    "body":"瓢池（ひさごいけ)の東岸にある茶亭。安永3年（1774）に建てられました。蓮池庭にあった四亭の一つで、当時のままの姿を今に伝えています。本席は小間ながら、本格的な茶の湯が催せるようになっています。また、その美しい名は、茶室内の壁にしつらえられた夕顔の透彫りから名付けられました。"
  },
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    "no":3,
    "name":"伯牙断琴の手水鉢",
    "kana":"はくがだんきんのちょうずばち",
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    "photo":"./point/03.jpg",
    "body":"自らの琴の音を最も理解した友人の死を嘆き、一生、琴を奏でないことを誓った名手 ・伯牙の姿が浮き彫りにされている手水鉢。夕顔亭の縁先にあるこの手水鉢は、高さ45ｃｍ、直径85ｃｍと大きいもので、5代藩主に招かれた京都の名金工・後藤程乗 （ごとうていじょう）の作とされています。"
  },
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    "no":4,
    "name":"噴水",
    "kana":"ふんすい",
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    "photo":"./point/04.jpg",
    "body":"この噴水は霞ヶ池を水源とし、池の水面との高低差による自然の水圧であがっています。水の高さは約3.5ｍあり、霞ヶ池の水位の変化によって変わります。藩政末期、金沢城内の二ノ丸に水を引くため試作されたものと伝えられています。日本で最古の噴水であると言われています。"
  },
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    "no":5,
    "name":"黄門橋",
    "kana":"こうもんばし",
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    "photo":"./point/05.jpg",
    "body":"謡曲『石橋（しゃっきょう）』を題材につくられた橋。青戸室石でできた反橋は、橋台石に斜めに架けられているほか、一枚石を二枚石に見えるよう立体感を持たせて細工されています。このように独創的な手法が凝らされている黄門橋は、用と美が見事に調和した、たぐいまれな橋であると言えます。"
  },
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    "no":6,
    "name":"翠滝",
    "kana":"みどりたき",
    "movie_id":"HZ6mQs1RWjY",
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    "photo":"./point/06.jpg",
    "body":"霞ヶ池から流れ出て、瓢池に注ぎ込む大滝。夕顔亭の対岸に懸かっています。高さ6.6ｍ、幅1.6ｍで水量が豊富、滝音も大きく、目と耳を同時に楽しませてくれます。その荘厳さは他庭には見られない景観で、兼六園のなかでも最もすぐれた庭景の一つと言うことができます。"
  },
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    "no":7,
    "name":"海石塔",
    "kana":"かいせきとう",
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    "photo":"./point/07.jpg",
    "body":"瓢池の中島に建つ、高さ4.1ｍの塔。虫が喰ったように穴の空いた淡茶色の笠石が、六重に重ねられています。3代藩主・利常（としつね）がつくらせ、金沢城の庭園にあった13層の石塔の一部を移したという説と、朝鮮出兵の際、加藤清正（かとうきよまさ）が持ち帰ったものを、のちに豊臣秀吉（とよとみひでよし）が、前田利家（まえだとしいえ）に贈ったという説があります。"
  },
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    "no":8,
    "name":"瓢池",
    "kana":"ひさごいけ",
    "movie_id":"7Mx1HMl-X70",
    "lat":36.56229282,
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    "photo":"./point/08.jpg",
    "body":"瓢池周辺はかつて蓮池庭（れんちてい)と呼ばれ、兼六園の作庭はこの辺りからはじまったと言われています。そのユニークな名前は、池のなかほどがくびれて、瓢箪（ひょうたん)のような形をしていることから名付けられたものです。池の中には不老長寿の島、神仙島をかたどった大小二つの島があります。"
  },
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    "no":9,
    "name":"眺望台",
    "kana":"ちょうぼうだい",
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    "photo":"./point/09.jpg",
    "body":"六勝の一つ「眺望」を楽しむのに最適な場所です。白山山系の一部のほか、戸室山、医王山を望むことができ、正面には卯辰山、手前には市街地がつづきます。また、その向こうには加賀平野が広がり、さらに、河北潟や内灘砂丘、日本海、能登半島なども眺めることができます。"
  },
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    "no":10,
    "name":"徽軫灯籠",
    "kana":"ことじとうろう",
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    "photo":"./point/10.jpg",
    "body":"霞ヶ池の北岸に配された兼六園を代表する景観です。徽軫灯籠は足が二股になっていて、琴の糸を支える琴柱（ことじ）に似ているのでその名が付いたと言われています。この灯籠は水面を照らすための雪見灯籠が変化したもので、高さは2.67ｍ。"
  },
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    "no":11,
    "name":"虎石",
    "kana":"とらいし",
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    "lat":36.56308132,
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    "photo":"./point/11.jpg",
    "body":"虎が前足を低くして吠える姿を連想させることから、この名が付けられました。能登外浦の曽々木か福浦あたりから持ち込まれた自然石であると言われる虎石は、兼六園を守護する魔除けの石の一つであり、薄暗い夕方などに見ると、あたかも生きているかのように見え、たいへん神秘的です。"
  },
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    "no":12,
    "name":"唐崎松",
    "kana":"からさきのまつ",
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    "body":"13代藩主・斉泰（なりやす）が近江八景の一つ、琵琶湖畔の唐崎松から種子を取り寄せて育てた黒松。兼六園のなかで最も枝ぶりの見事な木です。雪の重みによる枝折れを防ぐため、冬にほどこされる雪吊りは兼六園ならではの風物詩。他の庭園では見られない、趣深い風情を紡ぎだします。"
  },
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    "no":13,
    "name":"霞ヶ池",
    "kana":"かすみがいけ",
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    "body":"兼六園のほぼ中心部に位置する、園内で最も大きな池。面積は約5800ｍ<sup><font size='-4'>2</font></sup>、深さは最も深いところで1.5ｍあります。栄螺山、内橋亭、徽軫灯籠、虹橋、唐崎松、蓬莱島などの名勝がこの霞ヶ池の周辺に配され、廻遊しながら四季折々の庭景を楽しめるよう配慮されています。"
  },
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    "no":14,
    "name":"親不知",
    "kana":"おやしらず",
    "movie_id":"",
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    "body":"山腹が霞ヶ池の水際に迫り、配置された岩の荒々しい様子が、北陸道の難所、新潟県の親不知海岸を連想させることから名付けられました。汀線は池の水の増減で石が見えたり見えなくなったりするよう配石されています。また、水辺にはコイ、フナ、ウグイなどが集まり、訪れる人の目を楽しませています。"
  },
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    "no":15,
    "name":"内橋亭",
    "kana":"うちはしてい",
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    "body":"かつて蓮池庭内にあった四亭の一つで、霞ヶ池の西南岸に設けられた水亭。蓮池馬場の馬見所に建てられていたものを、明治7年（1874）、現在の場所に移築しました。栄螺山のうっそうとした樹々を背景に、石脚で支えられたこの亭は、まるで水面に浮かんでいるような印象を与えます。"
  },
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    "no":16,
    "name":"栄螺山",
    "kana":"さざえやま",
    "movie_id":"NbTbjIH7Ba8",
    "lat":36.56262029,
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    "body":"13代藩主・斉泰（なりやす)が霞ヶ池を掘り広げたときの土を利用してつくった築山。高さ9ｍ、周囲約90ｍで、山頂に「避雨亭（ひうてい）」と呼ばれる御亭（おちん）を配しています。頂上へ登る道は、時計回りでぐるぐるとうずを巻き、まるで栄螺の殻を思わせることからこの名が付きました。"
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    "no":17,
    "name":"時雨亭",
    "kana":"しぐれてい",
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    "body":"5代藩主・綱紀が兼六園を作庭した頃からあった建物で、廃藩の後、惜しくも撤去されてしまった時雨亭。それを、平成12年、新しい庭園の完成とともに復元したものです。亭内での抹茶・煎茶の呈茶（有料)、見学もできます。"
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    "no":18,
    "name":"雁行橋",
    "kana":"がんこうばし)（かりがねばし)",
    "movie_id":"lf9mNPuhsVU",
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    "body":"11枚の赤戸室石を使用し、雁が夕空に列をなして飛んでいく様をかたどった「雁行橋」。石の一枚一枚が亀の甲の形をしていることから「亀甲橋」とも言われ、この橋を渡ると長生きするとされてきましたが、現在は石の磨耗が著しいため、通行できなくなっています。"
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    "no":19,
    "name":"七福神山",
    "kana":"しちふくじんやま",
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    "photo":"./point/19.jpg",
    "body":"12代藩主・斉広（なりなが）が造営した竹沢御殿に附帯していた庭園の一部。「福寿山」とも呼ばれるこの山は、曲水、築山、雪見灯籠など、当時の雰囲気をそのままに伝えています。また、七福神になぞらえた七つの自然そのままの石を配置しているのも大きな特徴です。"
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    "no":20,
    "name":"梅林",
    "kana":"ばいりん",
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    "body":"昭和43年、明治百年記念事業として、北野天満宮、大宰府や湯島天神、水戸偕楽園などの協力により、全国の名梅を集めて造成されました。約20種、200本の梅が植えられており、3月になると紅白の花が美しく咲き誇ります。"
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    "no":21,
    "name":"兼六園菊桜",
    "kana":"けんろくえんきくざくら",
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    "lat":36.56216787,
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    "photo":"./point/21.jpg",
    "body":"日本で一つしかなかった天然記念物、兼六園菊桜の3代目です。一つの花に花びらが300枚以上つき、ちょうど菊の花のように咲くことからこの名で呼ばれています。開花期は4月下旬から5月上旬までの約２週間。普通の桜と違って、濃紅、薄紅、白と色が移っていくのが特徴。全国にある桜のなかでも特に珍しい品種です。"
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    "no":22,
    "name":"根上松",
    "kana":"ねあがりのまつ",
    "movie_id":"iJEZFN1J4wU",
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    "photo":"./point/22.jpg",
    "body":"大小40数本もの根が地上2ｍにまでせり上がった奇観はたいへんな迫力で、兼六園名物の一つとなっています。この松は、13代藩主・斉泰（なりやす)が土を盛り上げて若松を植え、根を深く土で覆い、成長後に土をのぞいて根をあらわにしたものだと伝えられています。"
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    "no":23,
    "name":"明治紀念之標",
    "kana":"めいじきねんのひょう",
    "movie_id":"aBGwEuJ0JTE",
    "lat":36.56206015,
    "lng":136.6638882,
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    "body":"中央に日本武尊像を、左に石川県戦士尽忠碑を据える明治紀念之標は、西南戦争で戦死した郷土軍人の霊を慰めるものです。銅像の身長は5.5m、明治13年（1880)日本で最初に建てられた銅像といわれています。両脇に植えられた赤松は「手向松（たむけまつ)」と呼ばれ、当時、京都の東西両本願寺の門跡から移されたものです。"
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    "name":"花見橋",
    "kana":"はなみばし",
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    "lat":36.56167452,
    "lng":136.6636092,
    "photo":"./point/24.jpg",
    "body":"擬宝珠（ぎぼうし）の欄干がある木橋。橋から見る花の眺めがすばらしいことから、この名前がつきました。花の季節になると、緩やかに流れる曲水に沿って、桜、カキツバタ、サツキ、ツツジなどが咲き誇り、多くの人を魅了します。夏の緑陰、秋の紅葉、冬の雪景も見逃せません。"
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    "no":25,
    "name":"鶺鴒島",
    "kana":"せきれいじま",
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    "lat":36.56171329,
    "lng":136.6638506,
    "photo":"./point/25.jpg",
    "body":"昔、いざなみ、いざなぎの尊が、男女和合の方法を鶺鴒から教わったという故事より、その名が付けられました。この島は、正面に「三社」と書かれた石額がかかった鳥居を据え、その奥に陰陽石（誕生）、相生の松（結婚）、五重の石塔（死）を配置して、人生の三儀式を表しています。"
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    "no":26,
    "name":"山崎山",
    "kana":"やまざきやま",
    "movie_id":"5ZqyeU1r6nE",
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    "lng":136.6645426,
    "photo":"./point/26.jpg",
    "body":"小立野口付近にある築山。この山崎山はカエデ、トチノキなど落葉広葉樹が多く植えられており、秋になると赤や黄に美しく色づくので「紅葉山」とも呼ばれます。山腹には白川御影石でつくられた五重の塔（御室の塔)があり、また、山麓の岩間から流れ出る水は、約570mの曲水となって霞ヶ池に注いでいます。"
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    "no":27,
    "name":"辰巳用水",
    "kana":"たつみようすい",
    "movie_id":"vPqq33lFjUA",
    "lat":36.56119624,
    "lng":136.6644112,
    "photo":"./point/27.jpg",
    "body":"寛永9年（1632)に、3代藩主・利常（としつね)が、金沢城の防火用水を確保するためなどに設置した用水で、後に兼六園の曲水として用いられることとなりました。用水の取り入れは、金沢の南を流れる犀川の上流で、本園から約10km離れた上辰巳町にあります。今も昔も変わらず園内に水を運んで、渓流や滝、池泉など美しい庭景を保っています。"
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    "no":28,
    "name":"金城霊沢",
    "kana":"きんじょうれいたく",
    "movie_id":"Vq_LrbOFFiE",
    "lat":36.56044219,
    "lng":136.6624639,
    "photo":"./point/28.jpg",
    "body":"放生池の南側にある泉。真夏の炎天の際も枯れることなく、また、長雨が降ってもあふれることなく、いつも清水をたたえています。12代藩主・斉広（なりなが)によって、現在のように丸い石の枠と屋根が設けられました。また、この金城霊沢は、「金沢」という地名の由来となったと伝えられます。"
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