金沢城公園の魅力

江戸時代を通じて最大の大名前田家の居城

金沢城は加賀・能登・越中の三か国にわたる約百万石の所領を治めた最大の大名、前田家の居城でした。
初代の前田利家が天正11年(1583)に入城して以来、明治2年(1869)の版籍奉還により第14代前田慶寧が城を離れるまで約300年にわたり前田家がこの地を治め、城下町とともに発展しました。
築城初期に前田利家が建造した天守は江戸時代には既に失われ再建されることはありませんでしたが、高い技術によって構築された石垣や、鉛瓦葺き屋根や海鼠壁が特徴的な建造物が今も残り、代表的な近世城郭として国の史跡に指定されています。

高い築城技術を示す石垣

金沢城の石垣は、文禄・慶長年間の築城初期から廃藩まで各時代の様々な石垣が良好な状態で残されていることから、石垣の博物館とも称されます。
石材は主に城から約10㎞南の戸室山から産する戸室石が使用され、赤みがかった灰色の「赤戸室石」と青みがかった灰色の「青戸室石」による色彩のコントラストが美しい石垣景観を生み出しています。
また、玉泉院丸庭園の色紙短冊積石垣に代表される芸術性を重視した石垣は、他の城郭では見られない金沢城ならではの魅力です。
園内には石垣巡りのコースも設けられ、石垣の博物館を堪能することができます。

江戸期から残る建造物

金沢城には3棟の建造物が江戸期から残り、いずれも国の重要文化財に指定されています。
天明8年(1788)に建てられた石川門は城内に残る最も古い建造物で、鉛瓦葺きの屋根や海鼠壁の腰壁など金沢城の建造物の特徴をよく表し、金沢城のシンボルとして県民に親しまれています。
幕末の安政5年(1858)に建てられた三十間長屋は倉庫と防壁を兼ねた長屋状の建造物で、石川門同様に鉛瓦葺き屋根、海鼠壁の腰壁を持ちます。藩政期には五十間、七十間、九十間など様々な長さの長屋が城内に存在し唯一残ったのがこの三十間長屋です。
東の丸附段に建つ土蔵(鶴丸倉庫)は桁行21.8m、梁間14.6m、建築面積333㎡で、現存する城郭内の土蔵では全国最大級の貴重な建造物です。これらの建造物は金沢城の城郭景観を構成するだけでなく、藩政期の築城技術を今に伝える貴重な歴史遺産です。

大名庭園の美、四季の彩り

金沢城は二つの大名庭園を持ちます。一つは城の外庭である兼六園、もう一つは城内に作られた玉泉院丸庭園で、三代前田利常による作庭を始まりとし、歴代の藩主により手を加えられながら廃藩時まで存続しました。
高低差のある立体的な造形で、滝と一体となった色紙短冊積み石垣など意匠性の高い石垣群を庭の構成要素とする、他に類を見ない独創的な庭園です。
明治期以降、庭園の面影は失われていましたが、江戸時代の絵図等史料や発掘調査結果に基づき、平成27年(2015)に往時の庭園の姿が再現されました。
秋の紅葉、冬の雪吊り、夜間のライトアップなど様々な庭園の姿を楽しめます。

県民の憩いの空間

木々が生い茂る本丸の森や、開放的で広々とした芝生の広場、湿生園の水辺など、金沢城公園は街なかに残された貴重な緑、県民の憩いの空間としての役割を持ち、春の桜や秋の紅葉など四季の彩りを感じながらの散歩やジョギングを楽しめることも金沢城公園の魅力です。
園内には300本を超える桜の木があり、観桜期にはライトアップされた夜桜も楽しめます。

現在も続けられる復元整備

石川県では平成13 年完成の菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓をはじめとし、継続的に金沢城の復元整備を進めています。整備にあたっては石川門や三十間長屋など現存する建造物と整合する江戸後期の姿を復元の時代設定とし、史実を尊重した復元整備を進めています。

年号 西暦 出来事
平成13年 2001 菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓、橋爪門一の門、鶴の丸土塀、内堀 完成
平成22年 2010 河北門、いもり堀 完成
平成27年 2015 橋爪門二の門、玉泉院丸庭園 完成
令和2年 2020 鼠多門、鼠多門橋 完成
令和7年 2025 二の丸御殿復元整備起工