重要文化財建造物、明治期の建造物

石川門

石川門は城の搦手門(裏門)にあたり、表門(一の門)と櫓門(二の門)、付属左右太鼓塀、二重二階の櫓、一重の続櫓で構成される枡形門です。枡形門とは、塀や多聞櫓などで囲われた方形の空間を作る形式で、その形が枡に似ているところから名付けられました。枡形内に入った敵を三方から攻撃できるため防御上最も堅固な構造といわれています。

  創建時期は慶長期以前(16世紀後半)と推定され、寛永8年(1631)、宝暦9年(1759)に相次いで火災に見舞われましたが、天明8年(1788)に再建され現在まで残ります。 近世城郭の枡形を囲む建物群が藩政期のまま全て現存するのは大坂城大手門と石川門だけであり、昭和25年(1950)に重要文化財に指定されました。

明治期の姿(手前は百閒堀)

    一の門は高麗門形式で、間口4.24m、奥行2.76m、棟高7.26mで、左右に太鼓塀を付設します。二の門は渡櫓形式で、櫓部分は桁行24.9m、梁間7.25m、棟高12.04mで唐破風造りの出し(石落とし)を1箇所備えます。門部分は間口9.05m奥行5.82mの総欅造で、正面鏡柱の冠木の上に「支輪」を組み込むことが金沢城ならではの特徴とされます。南側に置かれる二重二階の櫓は棟高13.55mで平面は菱形になっています。 いずれも屋根は鉛瓦葺きで、壁は白漆喰塗に仕上げて腰回りに海鼠壁を配し、隅柱を鉄板で包みます。

高麗門形式の一の門

櫓門形式の二の門

櫓門の内観 

櫓の内観

石垣は主に宝暦の大火後の明和2年(1765)改修後の姿をとどめ、枡形の南側は割石の表面にノミ加工を施す「粗加工石積み」で大型の刻印が見られます。西側から北側は接合面を加工して隙間なく積む「切石積み」で積まれています。
付属太鼓塀は左方が延長93.8mで、途中1箇所に出しがあり、南端には水の手門が位置します。右方は延長150.58mで3箇所に出しが設けられています。

重要文化財指定年月日 昭和25年(1950)8月29日
創建 慶長期(1596~1615)以降
再建 天明8年(1788)
保存修理 昭和28年(1953)、平成25年(2013)