二の丸御殿の復元整備
- ホーム
- 二の丸御殿の復元整備
最新情報
R7.9 工事現場囲いの展示
御殿建設工事現場の周りを囲う仮設の塀では、二の丸御殿の復元イメージや再現される虎の間の障壁画、埋蔵文化財調査の概要などを紹介しています。また、御殿の襖などに使用された美しい唐紙模様の装飾も見ていただきたいポイントです。二の丸広場を訪れた際は、ぜひこの展示にもご注目ください。
復元整備のあゆみ金沢城二の丸御殿とは
金沢城二の丸御殿は、藩主の住まいや政務の場として藩政の中心となった城内最大の建造物でした。江戸前期の創建以来、二度の火災による焼失と再建を経て明治14(1881)まで存在しました。
御殿は約3,200坪、60を超える部屋からなり、数多くの飾金具や障壁画に彩られた、加賀百万石の栄華の象徴ともいえる建物でした。
復元整備の概要
石川県では、本県の歴史文化の象徴ともいえる金沢城公園において、平成13年完成の菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓をはじめとし、河北門、橋爪門二の門、令和2年の鼠多門・鼠多門橋の完成まで、本物志向の姿勢で復元整備の取り組みを進めてきました。
平成30年から復元に向け検討を重ねてきた二の丸御殿は、城の中心的な建造物であり、これまでの金沢城復元の総仕上げとも言えるものです。御殿の復元は、金沢城の価値や魅力の向上はもとより、次世代への技術の継承、令和6年能登半島地震で被災した職人の生業再建への寄与など、多面的な意義を有します。
復元整備は、儀礼や政務の場であった「表向(おもてむき)」のうち飾金具や障壁画など御殿ならではの装飾が見られる主要部を対象とし、令和6年度から玄関や式台周辺を対象とする第1期復元整備工事に着手しています。

復元整備工事は工事現場を覆う素屋根の建設、柱や梁を組み上げる建築躯体工事、屋根や内外装の仕上げ工事と、順を追って進めていくこととしています。令和7年(2025)3月に起工式を執り行い、令和7年度末の素屋根完成後、御殿の建設に着手します。
順調に進めば、基礎や柱、梁などを組み上げる工事は令和12年度ごろに完了し、その後、屋根や内外装の仕上げ工事などを進め、令和15年度頃には、第1期復元整備工事が完了する予定です。
金沢城二の丸御殿復元整備は、史実を尊重した伝統的な木造による整備を前提に、バリアフリー対応や耐震性の確保、冷暖房の整備など、全ての方が安全かつ快適に利用できる整備に努めます。
(素屋根概要)鉄骨造平屋建て、建築面積2,028㎡、高さ26.7m
(御殿復元整備概要)木造平屋建て、建築面積1,012.36㎡、延床面積784.55m2
整備平面図

玄関
玄関は総ケヤキ造りで、外装には前田家の家紋「梅鉢紋」が取り付けられていました。梁の上には、防火の願いを込め、水に棲むサイを題材とした「波に犀」の彫刻が設置されていました。

表式台
表式台は63畳の畳敷きの空間で、客人を迎えるための儀礼が行われました。壁や襖には金箔が張られ、永遠に続く繁栄を象徴する、青々とした葉を茂らせる若松を題材とした障壁画が描かれました。

虎の間
虎の間は竹の間(大広間)で儀礼が行われる際の待合の空間で、加賀藩出身の絵師、岸駒による虎の障壁画が描かれていました。御殿の障壁画に虎を描くのは、主人が猛獣を従えるほどの強大な権力を持つことを示すためと言われています。
実検の間
実検の間は、儀礼が行われる際に警護の藩士が控えた他、様々な用途に使用されました。復元整備にあたっては、講座や文化イベントなどに活用できる空間として整備します。
復元整備に向けた取り組みの経緯
○金沢城二の丸御殿調査検討委員会による検討(平成30年~令和2年)
平成30年(2018)から令和2年(2020)にかけて、学識者で構成された委員会を設置し、絵図や文献、古写真等の史料をもとに復元の可能性について調査検討を行いました。令和2年2月には、委員長より調査検討結果の報告をいただきました。
金沢城二の丸御殿調査検討委員会・委員名簿(PDF:225KB) 調査検討結果の概要(第5回委員会資料抜粋)(PDF:5,401KB)【委員長報告の要旨】
平成30年(2018)から令和2年(2020)「表向」の復元整備を進めることは可能。「御居間廻り」、「奥向」は引き続き調査検討が必要。金沢市立玉川図書館で新たに確認された内装等に関わる史料は、内部の復元に大きく寄与する。史料等の更なる収集や障壁画の調査等が課題として残っている。
○復元整備に向けた基本方針の策定(令和3年3月)
これまでの調査検討を踏まえ、令和3年(2021)3月に、復元整備の取り組みを進めるにあたっての基本的な方針を示し、調査・整備の進め方などについて取りまとめた基本方針を策定しました。
金沢城二の丸御殿の復元整備に向けた基本方針(概要)(PDF:798KB) 金沢城二の丸御殿の復元整備に向けた基本方針(PDF:3,409KB) 復元整備事業PRパンフレット(PDF:18,176KB)○金沢城二の丸御殿復元整備専門委員会による検討(令和3年~)
令和3年度(2021)から、学識者で構成された委員会を設置し、二の丸御殿の復元整備に係る設計について検討を行いました。
金沢城二の丸御殿復元整備専門委員会・委員名簿(PDF:132KB) 第1回委員会(開催結果概要)(PDF:39,378KB) 第2回委員会(開催結果概要)(PDF:5,983KB) 第3回委員会(開催結果概要)(PDF:29,406KB) 第4回委員会(開催結果概要)(PDF:24,870KB)金沢城年表(二の丸御殿の歴史)
- 年号
- 西暦
- 出来事
- 慶長7年
- 1602
- 天守が落雷で炎上する
- 寛永8年
- 1631
- 本丸御殿の焼失を機に、二の丸御殿を創建
- 宝暦9年
- 1759
- 大火により御殿を含め城の大半が焼失
- 宝暦11年
- 1761
- 御殿の再建に着手する
- 宝暦13年
- 1763
- 10代重教(しげみち)、再建した御殿に入る
- 安永2年
- 1773
- 御殿の玄関・式台・虎の間等に着手し、翌年竣工
- 天明8年
- 1788
- 石川門を再建する
- 文化5年
- 1808
- 大火により御殿が焼失、再建に着手する
- 文化6年
- 1809
- 12代斉広(なりなが)、再建した御殿に入る
- 文化7年
- 1810
- 御殿の造営が完了する
- 明治2年
- 1869
- 14代慶寧(よしやす)、御殿から重臣本多家の屋敷に移る
- 明治4年
- 1871
- 廃藩置県により、御殿は兵部省の所管となる
- 明治14年
- 1881
- 旧二の丸御殿焼失
- 明治31年
- 1898
- 二の丸跡に第九師団司令部庁舎が建設される
- 昭和38年
- 1963
- 二の丸跡に金沢大学法分学部校舎が建設される
- 平成13年
- 2001
- 金沢城公園が開園する
- 平成30年
- 2018
- 金沢城二の丸御殿調査検討委員会設置
- 令和3年
- 2021
-
復元整備に向けた基本方針を策定
金沢城二の丸御殿復元整備専門委員会設置
- 令和7年
- 2025
- 二の丸御殿復元整備工事 着工
